今だから思うこと。感じること。この先に見えるもの。体現できるもの。

どもども、キャンプで日本一周中のヤマケンです。

初心者向けの記事や一周中の様子、キャンプ場情報についてはこちらのブログにアップしておりますので、ぜひご参照下さい!!

キャンプ初心者の方々、せっかく当ブログに来ていただいたのに大変申し訳ありません。上のページを是非是非どうぞ!

本日2014/05/15で出発して60日経ちました!

この2ヶ月で多くの方に応援して頂き、ご支援を賜り、本当に有り難い限りです。

さて、表題がまたこれナンノコッチャってなもんですが、

感じること。思うことをまとめてみようかと思います。

現状、私営キャンプ場のご縁を頼りにキャンプをさせて頂き、その対価として働かせて頂いています。

この事について僕自身の考えをば。

人間の意識は様々経験の体積によって無意識的に構成されている。

よく今日と明日の自分は違うとかなんとか。同じ日は一日と来ないとかなんとか。そんな風に言われるのはここにあるのかと思います。

自覚的に意識の変容を感じる瞬間は有りますけど、多くは無意識的に、無自覚に表層意識は変わります。

ここで言う意識は思考と言い換えてもいいかもしれない。

あと、ついでに言えば、行動面にも違いがでます。

急に何の話だよって感じですが、まぁ、とにかく経験が意識を変え、行動を変えると思うのです。

この考えから行けば、僕達のこの旅は多くの変化を自身にもたらします。

それこそこないだ書いた、「キャンプの面白さ」についても今はこないだみたいに思ってるけど、この旅が終わる頃には変わっていると思います。

まぁ大きく変化は無いかもしれないけど、多分ニュアンスとかだいぶ変わるはず。

その変化ってのは、この旅で得られる経験に全て基づくわけです。

だから、この旅で経験出来るものは全て経験して行きたいと思うのです。

もちろん、キャンプについてまっさらな気持ちで、純粋にキャンプを楽しむ今のフレッシュな気持ちはとても大切です。

キャンプを心から楽しんで、それについて沢山考えて、キャンプの意義とかなんかそんなんの答えを求めています。

それに、そういう何も知らない人間の気付きとか意見てドハマりしちゃった人達をハッとさせる力が強い。

会社に入社した時に、そういう新入社員の声を商品開発に活かすってよく言われましたし。

だから、単純にキャンプを楽しんで、そこから得た気付きをもって、旅が終わった後にこの業界に挑戦していくのは凄い良いことだと思います。

一方で、この旅が終わった後に色々やりたい事があります。その為には、今の、このキャンプ業界の現状を知りたい。

知らなければ、何も語れないし、誰も説得できない。

知らなければ、僕の声はどんな力も持たないし、誰にも共感してもらえない。

「現場・現状・現物の三現主義でしっかりと。」

僕の好きな某会社の社訓の一つです。

この3つを押させていかないと何者にもなれないと思うのです。

だから、僕はキャンプ場で働かせてもらう。

確かに経験が今のまっさらな自分を変えてしまいます。

まっさらな自分のキャンプに対するまっさらな感情、面白さ、アイディアを消してしまいます。

でも、それなら、僕は考えます。

「知れば知るほど不可能なことを知る」

そういう言って色んな事を諦めてきた人を知っています。

僕です。

それが死ぬほど嫌です。

知って知って知って、不可能だって思うなら別の事を知ればいい。

知って知って知って、出来ないダメだって思うなら出来る事を知ればいい。

その為には考えなければいけない。

無自覚に変わる自分の意識の変容を自覚できるほどに考えなければいけない。

あるいは自覚出来ないならばこうやってその時の感情、感想、アイディアをまとめていけばいいんです。

プリミティブな感情は非常に価値があるとおもう。

それと同様に多くを知った上でのアイディアにも価値があるとおもう。

どっちが良いかって話じゃなくて、それらをどう処理して昇華していけるかが重要なのだと。

あいも変わらず広げた風呂敷を畳めない話をしてしまったけど、

僕は僕なりの考えをもってこの旅に臨まなければいけないし、

沢山の経験をどう判断するか、どう処理するかは僕自身でしかできない。

うん。まとまらない。

以上。

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コメント

  1. いじめっ子 より:

    君の文章を読んでいると、情報伝達は相変わらずの散らかり具合ですが、しかし語るべきコンテンツに関しては、僕が知っている頃からみてかなりの貯蓄を築いたのだろうと感じます。君が今のままひた走れば、きっともう僕らの差は埋まらないでしょうから、嬉しいやら切ないやらですが。

     さて、僕の「現場の経験」から一つの考え方を紹介しようと思います。
     君はこの旅の経験を糧に、キャンプの意義について理解を深めたいのだと述べていますね。そしてこうも書いている。「僕は僕なりの考えをもってこの旅に臨まなければいけない」。また「沢山の経験をどう処理するか」とも仰っていますね。一つの不安は、君がその問いが果たして答えを出せるような形になっているかどうか、ということです。

     僕はね山口、例外はあるが、基本的に何の準備もできていない人間にアイデアってやつは降りてこないと思っている。
     確かにその準備ってやつは、君も承知のように必ずしも意識可能なものである必要はないがね。ただ僕が思う、最も堅実で、最も誠実なアイデアの待ち方は、アイデアの居場所を意識的に作っておくこと、すなわち意識可能な「構え」を作っておくことだ。僕らの言葉に言い換えれば、仮説って呼んだ方がしっくりくるかもしれない。
     その旅で探している何かがあるならば、その何かがどんな格好でくるのか予想しておくことだ。もちろんできるだけ予想は作っておいて、特定の予想に対するバイアスが強くならないように抑制しておく必要がある。
     そして、大事なことは構えをつくるのと同時に何を捨てるのかを決めるってことだ。いや、もっと適切な表現をすれば、探しているもの以外の「発見」を最初から投げてしまうんだ。これは勇気がいるかもしれない。もし君が「すべての経験を活かして」という発想を大事に抱えているならば、とりわけ受け入れづらいことかもしれない。でもね、俺に言わせれば、それが不器用な奴の覚悟だし、理想に生きる人間の矜持だよ。自分にとって最も価値のある発見がなにかを分かっている奴なら、他人なら喜んで拾いに行く発見を簡単に通り過ぎていけると思う。
     何かを知るということは、そこで何を捨てるかを決めることでようやく成就できるのかもしれないね。